コーディネート

東北へ


クリスマスイヴの前日、早朝4:30に起きて東北へ向かいました。


今年3月11日、未曾有の大震災に襲われた東北地方の復興支援の為、震災後すぐに支援活動を始めた父と、私&妹、私の地元の同級生男子達と一緒に、東京から一ノ関まで行き、その足で陸前高田に向かいました。

私は震災当日カリフォルニアにいたので、強い揺れも体験していない上に、TVで流れる映像を見ながら日本で今何が起きているのかを理解することだけで精一杯だったのですが、帰国後震災の影響の大きさを実感していくうちに、3.11直後から被災地に何度も行き続けている父や父の仲間のパキスタン人の方々の行動を見ていた中、今回遂に私も参加することが出来ました。


この日はクリスマスが近かったこともあり、陸前高田の公民館にて、クリスマス会と炊き出しのボランティアワークがありました。


公民館に着くと、仮設住宅で暮らす方々が笑顔で迎えて下さり、子供達もとっても明るい子ばかり。



私もすぐに400人分のカレーを作る手伝いに。

人なつっこく子供達が寄って来てくれて。


スパイスをきかせた(でも日本人好みにアレンジした)カレー2種類を400人分作りました。大好評で、よかった。


食後には、この朝絞り立てのミルクに紅茶、シナモンやカルダモンなどを入れたチャイを作って。


手袋をしていても身体の芯まで冷えてくる東北の厳しい寒さの中、温かいチャイを気に入って、「美味しい、美味しい」と何杯もお代わりしてくれました。


子供達は私の真っ赤なネイルをとても珍しがって、「どうして爪が赤いの?」「キレイ〜!」と目を輝かせていたのが印象的でした。そこにはネイルをしている方など一人もいなくて最初は少し恥ずかしく思って隠していたのですが、子供達がキラキラした目で純粋に喜んでくれている表情を見て、皆にマニキュアを持ってきて塗ってあげれば良かったな、と思いました。




1℃という気温の中、こちらの自治体の会長さんは裸足。

会長さん、常に子供達に囲まれて。


ツリーにキャラメルの入ったオーナメントを飾り付ける男子達。


所々に生えていた、真っ赤な柿の木。

地元の方が、取って下さいました。





この日、名古屋からたくさんのニット作品を持って来ていた大学生の男子達がいたのですが、伺うと、大学の野外活動で編み物をしていて、編んでいる時間はずっと東北の方々のことを考えている、その時間を大切に思って活動としている、とのこと。

地元のおじいさん、おばあさんたちは、そのニットをかぶったり首に巻かれて、「温かくてうれしいね〜」と大変喜ばれていました。


こちらのおじい様は75歳。
津波の押し寄せる中、必死になって泳いだという体験を話して下さいました。
カレーを作っているとき、お皿に盛って配っている時も、地元の方々が少しずつそのようなお話をして下さって、このような形で、被災地で大変な思いをされている方々に直接お話を伺えるとは私にとっても貴重な時間でした。




片付けをし終わって最後に「さようなら」と挨拶をしている時に、おばあさんが「ありがとう。本当にありがとう。」と涙を流されていて、胸にくるものがありました。



公民館を後にして車で通った陸前高田や気仙沼の土地には、元々立ち並んでいたビルや家も今はなにひとつなくて、その光景は強くこの目に焼き付けられました。一生忘れることはないと思います。



ニュースにもなっていた、約7万本あった松の中で唯一、津波に耐え抜いた「奇跡の一本松」。天に向かって強くまっすぐに生えていました。




震災から9ヶ月。今回実際土地を訪れて感じたことは、まだまだ被災地では人手が足りていないということ、復興への道のりはまだまだ長いということ。

ボランティア活動に個人で参加するのは難しいと思うけれど、何かしら出来ることを模索しているよりも、すでにこのボランティアに参加するのが15回目だと言っていた知人やすぐに動いている人達のことを思うと、始めの一歩に招かれるまでも、私にも気付けなかったことが多かったようです。

私のように作品を創っている者が作品で人の心を救うことが出来るのは本望だけれど、それ以外にも、実際に足を運ばせて出来ること、頭を使うのはもちろんだけれど行動することの重要さを強く感じます。

私の父は、被災地の方々の生活の立ち直りはもちろん、被災されて家族や家財をなくされた方々がもう一度自尊心とと自立の精神を持てる様にお手伝いすることだと、心のケアを目標にこのボランティア活動を始めたと春先に話していたのを思い出しました。

実際にこの時に私が現地で感じたのも、そこで出会った方々の精神面のこと。一人一人にあった辛いことや大変なことをいつの日か乗り越えられる様な時まで、世界中の色々な人達が行なっている様々な形での支援が少しでも、少しずつでも力になって行くように願いつつ、また今後私も炊き出し以外にも色々な支援活動に出来るだけ参加し続けて行きたいと思っています。


がんばろう、東北。